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2013/06/28

鎌倉巡り(その1) 十王と地蔵菩薩

先週末、鎌倉に行ってきた。ルートは、円応寺→建長寺→東慶寺→円覚寺、というもの。語りが上手くて仏教を学んでいるお友達が案内役という好待遇。カメラはCANON EOS 60D、レンズはSIGMA 30mm F1.4 HSM。



  • 十王の死後の裁きと地蔵菩薩の話

最も印象に残ったのは、円応寺で祀られている、十王と地蔵菩薩のお話。お地蔵さんを見る目が変わった日でした。

十王とは、死者が死後裁きにあう10人の神様のこと。裁きとは、7日ごと7回+百ヶ日、一周忌、三周忌、の10回。四十九日や一周忌はただの親類縁者の集まりじゃなくて、あの世で故人が無事に極楽へ行けますようにっていうお祈りの会でもあったんですねー。

んでこの五人目に出てくるのが閻魔大王。この人は実は地蔵菩薩(お地蔵さま)の別の顔(!)。この人が、六道(天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)のどこに輪廻転生して生まれ変わる日を決めます。天上界って天国のようなところかと思いきや、意外と生の苦しみから逃れられていない。

仏教のそもそもの目的は、輪廻転生という生きる苦しみの無限ループから、悟りを開いて解脱し、涅槃の世界へ入ること。涅槃とは、煩悩や輪廻に惑わされない、静かな境地のこと。精神と時の部屋のイメージ。ハッピーハッピーな天国の世界とは少し雰囲気が違う。

来世でどうすればより良く生きられるかは、十王による死後の裁きの項目を知っていれば達成できます。傾向と対策です。実は十王にはそれぞれが裁く項目が決まっており、彼らの要求を達成すれば涅槃に近づけます!なんて明快!早速実践しよう。

(なんとかして涅槃にたどり着きたい!っていう考え方こそ欲の現れのような気もするんだが、そういう欲を肯定しないと宗教は成立しない。)

ところが全部実践しようとすると、とても達成できないようなクライテリアばっかり。だって簡単に達成できたら仏教いらなくなっちゃうから。公開な風に見せといて、実は特定の業者しか落札できないような条件をつけまくった入札みたいですね。

十王の裁きによりどうしても苦しみから逃れられないアナタのために、なんと仏教は、地蔵菩薩をつかわしました。いまならなんと、六道のどこに行っても助けてくれるように、六人もついてくる(ジャパネットたかた風)!!これが六地蔵です。


建長寺は釈迦ではなく地蔵菩薩が本尊です。これは、建長寺の近辺で、昔罪人を処刑していたため、彼らを救済するため。お地蔵様ってまだ悟りを開く前で、釈迦と違っていわばこっち側の人なので、修行のロールモデルとされています。そのため親しみやすい姿形をしているとのこと。


こちらは円覚寺の豪華なご本尊・釈迦如来。地蔵菩薩との違いは、釈迦がドレッドヘア、地蔵が坊主頭、釈迦が豪華絢爛、地蔵が質素、って感じ。こうして並べてみると違いがわかろうかと。


ちなみにこれは、円覚寺仏殿の天井。

さて、僕が一連の十王の裁きの話で何を考えたかというと、品質保証について考えてました(職業病)。品質保証とは、製品・サービスが、要求を過不足なく満たすこと。十王の裁きのクライテリアを達成するためにも仏教が存在することを知り、宗教とは人生における品質保証だと感じたのでした。自分の生き死にに関わることなら皆必死で達成しようとするでしょ?これを上手く製品開発者のモチベーションに応用できんかなー。

  • 以下写真でお茶を濁します。

ランチは『鉢の木』の精進料理。激混みなので予約が吉。
 色とりどりなご飯を綺麗に撮るのってムズカシイ。


円覚寺にて。なんだか生々しい木の根っこ。



これも確か円覚寺。

これは駆け込み寺・東慶寺にて。

(つづく)

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